ブラックバイト!?人間関係が最悪なスーパーのバイト

私は学生の頃、近所のスーパーでレジ打ちのバイトをしていたのですが、人間関係が最悪でおばちゃんたちから嫌われてしまった人はとことん虐められてしまい、結果的に辞めていくという事が度々ありました。

私が入った当初はいい人達ばかりでいい職場だなと思っていたのですが、ある日パートのおばちゃんが同じパートの方の悪口を話しているのを聞いてから違和感を覚えたため、このスーパーでのバイト経験が長い大学生の先輩に少し話しを聞いてみたところ、その先輩もおばちゃん達から虐められていたことがあるらしく、レジの交代で先輩がおばちゃんグループの一人から交代したときに交代の時に絶対に行わなければいけない計数をおばちゃんがやらずに先輩と交代したため、先輩が代わりに計数にいったらしいのですが、その間レジを離れなければいけないため、断りをいれてから計数に行ったにも関わらず戻ってくるとパートの人たちを仕切っているリーダー格のおばちゃんからぐちぐち悪口を言われたらしいのです。

このいじめの方法はおばちゃんたちが定期的にバイトの学生の子たちに行っているらしく、先輩曰く運が悪かったらそのうちやられるよとの事でした。

その話を聞いてから私は十分におばちゃんたちに気を付けながらレジ打ちをしていたのですが、ある日私の番が来てしまいました。私がおばちゃんたちから受けた虐めは、精肉や鮮魚を入れる様の袋をまとめてレジ周りに置いておくのですが、私がお客様の対応をしている間にその袋を根こそぎ持って行かれてしまい、気づいた時には遅く、以降は袋をわざわざ一枚一枚ちぎって広げた後、商品を袋に入れるという非常に面倒くさい事になってしまい、かなり陰湿な事をするなと思いました。

その後も夜間にできるかぎりシフトをいれておばちゃん達と一緒にならないように気を付けて2年間続けたのですが、おばちゃん達の虐めの怖いところは意図的なのか単なる間違いなのかよくわからないところです。

ですから対応も難しく、解決策もないため精神的に辛いところもありました、人によってはブラックなバイトと感じる方がいるかもしれません。

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怒鳴り声ばかりが響くブラックバイトの現場

仕事というものは、気持ちの良い環境でなければいけないと思います。この最低限のことさえもできていないために、日本の新卒で就職した人の多くが3年以内で辞めてしまうのだと思います。私の身近でも、ずっと同じ職場で働き続けている人が全然いません。みんな職場環境が嫌になって、職場を転々とするということを繰り返しています。これでは日本全体の雰囲気もどんどん暗くなってしまうと思います。
私は以前に居酒屋でバイトをしていました。まかないがとても美味しい上に、食費の節約にもつながるため、本当に良いバイトだなあと思って仕事をしていました。けれども社員が異動で変わった時から、状況は一変してしまいました。とにかくすぐに怒鳴り散らす社員が来てしまったのです。ちょっとミスをしたり、作業が滞っただけで、すぐにその社員の怒鳴り声が響き渡りました。私はこれは立派なパワハラだと思いました。そしてブラックバイトに一変したなあと感じました。私自身がちょっとしたことで怒鳴られることももちろんありましたが、意外と他のバイトの人が怒鳴られている所を目にすることも嫌でした。本当にテンションが下がってしまいます。理不尽なことでさえ怒鳴るため、本当に酷いと思います。

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大学時代に経験した深夜の工場勤務

私は22歳の大学生で男です。

私が大学生2年の時、春休みの空いた時間を活用して短期の工場での軽作業のバイトを行いました。

内容は広告の仕分け作業で多数の種類の広告をそれぞれのグループに機械で分けていくといった内容でした。

時給は1200円ほどでとてもよかったので期待していたのだが、実際にやってみると相当つらかったです。

理由としてはまず初日に仕事に入った時に仕事のやり方や注意点を何も教えてもらえず、そのまま作業場に放り出されてしまい、何を行えばいいかわからなかったのです。ですので周りの人の作業を見よう見まねで行いましたが、うまくいかずブース長にさんざん怒られる始末でした。

その後何とか仕事を自力で覚え、ほかの人たちにも劣らないくらいの成果を残すことができるようになりましたが、ここからがまた苦痛の連続でした。

仕事に慣れれば慣れるほど下っ端の自分に大量の仕事が流れ込み、残業しないと対応できないほどの量にまで仕事を課せられました。もちろん残業代は支払われません。

バイト期間は1週間でしたが、私にとってこの一週間は地獄の日々となりました。

こんな経験から、バイトを選ぶ際には時給だけで決めるようなことはせず、仕事内容をしっかり確認してから応募するべきであったと身をもって学ぶことができました。

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自分の悪行をバイトの仕業に見せかけたブラック店長

大学生の頃ですから、もう10年以上前になります。
当時、ピザの配達員のバイトをしていました。
時給もそこそこ良くて、愛想を振りまく事だけは得意中の得意でしたから(笑)、少なくとも大学に通っている間は続けようと思っていました。

ただ、そのバイトを始めて8ヶ月ほど経った頃、前任の店長が家庭の事情で遠方の実家に戻らなければならなくなり、退職してしまいました。
とても優しくて頼り甲斐のある店長に変わって新しくやってきたのは、なぜその地位まで上り詰める事ができたのかわからないような、ろくに働かない店長でした。

注文受付と配達はもともとバイトの仕事だったのでまだいいのですが、それまで常に厨房でピザを焼いていた前店長とは異なり、業務時間の大半を休憩室で過ごす有様。
もちろん、業務指示もほとんどなし。
店長の判断が必要な事を聞こうとすると、「いちいち聞かないとやってられないのか」という旨の、投げやりかつバイトが悪いかのような返事。
なお、実際にはもっと汚い口調でした。ほぼ暴言。
そのバイト(当時一番のベテラン)が「店長の判断が必要ですから。本部もそう言ってます」と返すと、店長はあからさまに不機嫌な態度で「お前の判断で決めていい」と一言。
「こんな奴が、俺よりずっといい給料貰ってるのか……」と思うと、バイトを続けていく気力がどんどん削がれていきました。

数週間後、例のベテランバイトが突然解雇されてしまいました。
理由は、「業務中にピザをつまみ食いした」というもの。
店長が本部にタレコミしたようですが、そのベテランバイトと仲が良かった別のバイト経由で聞いたところによると、実はつまみ食いしたのはバイトではなく店長だったというのだから驚きです。
一緒に厨房に入っていたベテランバイトがそれを咎め、腹を立てた店長が嘘の報告をしやがったわけです。
不幸な事に、他の従業員は別室に居たか配達に出ていて、証明できる者は誰もいませんでした。

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「店長に逆らうと無実の罪を着せられてクビになる」と恐れた私は、家庭の事情という事で早々にバイトを辞めました。
それ以来、当時を思い出し不快な気分になるので、ピザが嫌いになってしまいました。

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全く向いていないバイトに応募した結果

今までいくつかの仕事をしてきましたが、どれも職場での人間関係が原因で辞めてしまいました。
それ以来、人と関わる事が苦痛になり、数年間にわたり無職の状態が続きました。
「そろそろ働かなくちゃ」という気にはなるのですが、面接を受けまくっても採用通知はなし。
そのため、一時的な繋ぎとして、登録型のバイトに応募する事になりました。

紹介されたのは、とある大型電器店での販売業務。
正直言って、昔から小心者な上に人間関係が原因でたびたび転職し、しかも数年間のブランクがある身での立ち仕事は不安しかありませんでした。
「専門知識は必要ない」とは言われましたが、商品に関する知識はしっかり身に着けないといけません。
物覚えも悪いので、やる前から「長続きするのかな……」と心配でしたが、贅沢は言っていられません。
短期とはいえ、時給1000円オーバーで交通費も全額支給という好条件、滅多にありませんから。

当日、内心ビクビクしながら売り場に立つ私。
慣れない接客業、初めての販売業務、そして低いとはいえヒールありのパンプスを履いた状態での立ち仕事。
案の定、1時間もしないうちに足が痛くなり、またお客様から商品の説明を求められるもろくな説明はできず。
ついにはお客様の気分を害してしまい、怒って帰ってしまうという展開に。
しかも、最初から買うつもりだったであろう、商品の入ったかごをその場に置いて。

その日の業務終了間際には、ようやく商品をお買い上げいただく事ができたのですが、私の働きぶりを見ていたその店の担当者の方からはこんなお言葉。

「あなた、人と接するのが嫌いって丸分かり。この仕事向いてないから辞めた方がいいよ」

辛辣すぎる上に的を得た指摘に、私は涙をこらえながら「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝るのが精いっぱい。
本来は1ヶ月の予定でしたが、店側からの要請により、仕事はその日限りで終了。
帰り際、明らかに不機嫌そうな登録会社の担当者からは「別の仕事を用意します」と言われましたが、結局何の音沙汰もないまま数年が経過しました。
登録期限はとっくに過ぎているので、今後その会社から連絡が来る事はありません。

去年、内職を始めたので多少の収入は得られるようになりましたが、本当の意味での社会復帰は未だに出来ていません。

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待遇はよくても職場環境が悪かった

ストレスからくる胃炎が慢性化し、前の仕事を辞めて1年。
すっかり完治し、そろそろ仕事を見つけなければならないという焦燥感がありました。
特に、両親には多額の医療費を払わせてしまったので、少しでも稼ぎのいい仕事なりバイトなり見つけて、せめて生活費だけでも支えようと思ったのです。

求人情報をいろいろ見ていると、パチンコ店のホールスタッフのバイト求人が目に留まりました。
時給はなんと日中でも1400円、夕方以降は1600円。
交通費は月2万円まで支給との事で、こちらも当方の条件クリア。
もともと力仕事をしていたので、すぐに勘を取り戻せるだろうと思い、さっそく面接を申し込みました。
正直、ギャンブルはまったく興味がないのですが、これだけ高時給の仕事を逃すのはもったいないと感じたのです。

面接の結果、見事採用され、さっそく新人研修を受ける事に。
玉がぎっしり詰まった箱は予想以上に重かったですが、「台車に載せて運ぶ」のが規則でしたのであまり苦ではありませんでした。
業務時間はオープン時刻の午前10時から午後5時まで。
残業するような事はなかったので、よほど混雑していない限りは定時上がりでした。

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待遇自体は特に問題なかったです。
時給はとてもいいですし、休憩・休日も規定通りいただけましたし、残業もないので予定が組みやすい。
高時給な分、作業内容がハードなのは当然です。
そうでもしないと、人が来ないですからね。

ただ、運が悪いとお客さんにいちゃもんをつけられるのだけは辛かったですね。
大多数が中高年世代の男性で、しかも怖そうな雰囲気の人ばかりなんですよ。
「全然当たらない!確率を操作しているんじゃないのか」なんて濡れ衣を着せられるのは日常茶飯事。
時には、リーチになったのに外れてしまった腹いせに、玉を投げつけられた事もありました。
小さいながらも結構ずっしりしているので、痛みがしばらく続いたくらいです。

心労がたたり、ついにはストレス性胃炎を再発してしまい、バイトを休みがちになりました。
このままでは迷惑をかけてしまうと思い、店長に電話してバイトを辞めさせていただきました。
私には向いていなかったようです。

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収入安定のためにバイトを増やしたが……

かつて、コンビニのアルバイトだけでお小遣い稼ぎをしていました。
都会からやや離れた地域に住んでおりまして、欲しい物がある時も、地元では取り扱っている店がなくて通販に頼り切りでした。
毎回代引きか事前振り込みを選ぶしかなくてかなり面倒だったので、クレジットカードを作ってそちらで決済しようと考えました。

「どこのカードが一番お得?」とか「エポスカード審査通過に必要な年収はいくら?」とか調べているうちに、時給750円というコンビニバイトの収入だけでは審査に通りにくいかもしれないと思うようになりました。
コンビニバイトの方は学生が出勤できない平日の日中しかシフトに入れない事が多く、兼業OKでもあったので、掛け持ちでガソリンスタンドのバイトを始めました。
こちらは逆に「17時~閉店(23時)まで出勤できる方急募」でしたので、あっさり採用されました。

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時給は、コンビニより100円高い850円。
シフトが6時間契約なので、休憩は30分だけでした。
これらだけならごく普通ですが、田舎の割に大きな道路が多い地域なので……よく暴走族が現れるんです。
都会にお住まいの方々には、「まだそんなの居るの!?」と驚かれるかもしれませんが、うちの地域ではまだまだ現役の暴走族が居るんですよ(笑)
そのガソリンスタンドは、暴走族や暴力団といった反社会勢力にはサービスを提供しないという規定がありましたので、毎回内心でビクビクしながら追い返していました。

1年半ほど掛け持ちが続きましたが、それが終わりを告げたのは一昨年の春。
新しく配属された店長がものすごくやる気のない人で、他の従業員が外に出て仕事しているのに、自分は空調の効いた部屋にこもってスマホゲーム。
おまけに少しでも機嫌を損ねるとそこらじゅうに八つ当たりする性格だったので、誰も注意する気になれず、離職者が増え始めた頃に自分も辞めました。
バイト掛け持ちの目的だったカードも無事に作れましたし、いい加減バイトではなく正社員として働きたいと考えていた矢先でしたから。

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事務補佐のバイトで夢が消えた

昔見たドラマの影響で、社長秘書に対して強い憧れがありました。
自分がバリバリ働くわけではないけれど、何となくかっこいいイメージがあったんです。
大人になってから気づいたのですが、かっこいいというのは仕事云々よりも、秘書役を演じていた女優さんの実力だったのでしょう。

商業高校で秘書の基本を学び、大学でビジネスに関する知識を身に着けようと奮闘しました。
そして、未経験のままいきなり社会に出るよりは、学生バイトとして軽く予習しておこうと思い、あれこれとバイト求人を漁る日々。
すると、事務補佐のバイト求人を見つけたので、電話で面接を申し込みました。

翌週に面接を終え、3日後に採用通知が来た時は嬉しかったですね。
夢に一歩近づいた感じがして、将来にも期待が持てていたのです。
しかし、これがその後の人生を見事にひっくり返す事になろうとは、まったく予想していませんでした。

事務補佐のバイトを始めて1ヶ月。
私に任される仕事は、廃棄書類をシュレッダーにかける事・使っている事務室の清掃およびゴミ出し・社員10人分の昼食(場合によっては夜食込み)を調達してくる事のみ。

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本格的な秘書ではなく、あくまでも事務補佐ですから、雑用しか任されないのも無理はないかもしれません。
それでも、当時の私にとって、だんだん苦痛に感じてきました。

社員は9時までに出勤し、定時は17時。
私は業務前後に清掃作業をしなければならないので、8時までに出勤し、清掃が終わって帰れるのはだいたい18時過ぎ。
さらに、社員は固定給で新卒でも20万円の手取りとの事でしたが、私は雑用担当のバイトなので時給800円。
おまけに、求人票に書かれていたはずの「交通費全額支給・正社員登用アリ」の待遇もなし。
交通費に関しては「バイトは支給なしだけど、間違って求人票に記載されてしまった」との言い訳。
正社員登用についても、「○○さんは大学卒業したらお別れだから寂しいな」と白々しい上に最初から登用する気ゼロの発言。

我慢の限界に達したので、たった半年で辞めました。
そして、事務職に対して嫌な印象しか持てなくなり、秘書どころか工場の作業員として就職する事になったのです。

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給料の半分以上を仕事用の服に費やした

人気ファッションビルに入居している、某アパレルショップでバイトしていました。
元々そこのブランドの服が好きで、よく購入していた事からますます興味が深まり、思い切って採用面接を申し込んだところ、その日のうちに採用の連絡が来たのです。
その時は、本当に嬉しかったですよ。憧れのショップに客として通うのではなく、従業員として通うようになったのですから。

人と話す事と、コーディネートを考える事が好きな私にとっては「天職」と思っていました。
しかし、働き始めて1ヶ月くらいで、すでに心のどこかで「キツイな」と考える自分がいました。
年末年始や大型連休を含めて不定休の立ち仕事ではありましたが、それは覚悟の上だったので特に苦ではありませんでした。

では何がキツかったのかというと、仕事中に着る服を用意しなければならない事。
仕事中は、基本的にそのブランドの商品のみでコーデしなければいけませんでした。
さらに、一度着たコーデは二度と店内で着てはならず、同じアイテムを身に着けるのは1週間経ってから、という厳しいルールがあったのです。

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もちろん従業員ですから、社内割引で多少は安い値段で購入できました。
ですが、新作が出るたびに全てのアイテムを購入する勢いじゃないと、「毎日違うコーデ」なんてとても無理です。
さらに、ユ○クロだとかハ○ーズといったプチプラブランドならまだしも、そのブランドは基本的に4000円以上のアイテムが中心。
ワンピやアウターともなると10000円近くなります。

毎回購入するたびに現金を用意するのが大変だったので、クレジットカードを作り、翌月引き落としという形にさせてもらいました。
フルタイムとはいえアルバイトの収入のみなので審査に落ちないか不安でしたが、ネットで調べて審査が緩い会社を選びました。
たとえばこんな感じです→イオンカード審査に落ちたなら|ブラックでも持てる?クレカnavi

仕事自体は苦ではなかったものの、毎月の服代だけで給料の半分以上が飛んでしまっていたので、1年ほどでバイトを辞めさせていただきました。
あれから数年、アラサー世代になり服の好みがすっかり変わってしまったため、そのブランドの服はほぼ全て処分してしまいました。

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必死で生活費を稼いだ学生時代

高校を卒業するまでは毎月お小遣いを貰っていましたし、何より親と一緒に暮らしていたので、生活費なんてまったく意識していませんでした。
しかし、大人になって社会に出た今、生活費は自分で何とかしなければなりません。
実家暮らしなら何とかなっていたかもしれませんが、今は親元を離れて一人暮らし。
アパートの家賃・食費・水道光熱費・その他必要な費用などなど……もう親に甘えられる年齢ではありません。

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大学生の頃は、下宿しながらアルバイトで生計を立てていました。
学費については奨学金制度を利用する事も考えましたが、結局父親が全額負担してくれました。
その代わり、学費以外は絶対に親に頼らないと心に誓い、毎日死にもの狂いで生きていましたね(笑)

大学生というと、サークルだの合コンだのと青春を満喫する風潮が強いですが、当時の自分にそんな余裕などあるはずもなく……。
講義が終わってからはまっすぐバイト先に向かい、だいたい終電ギリギリの時間まで働いていました。
そうでもしないと、生活費が稼げません。
生活費が稼げない事で困るのは自分です。

もちろん、想定外の出費に見舞われ、生活が苦しくなった事も何度もありました。
その度に、見かねた友人たちが食事をおごってくれました。
「真面目な性格だし、お金を貸すと極限の生活になっても返そうとするでしょ? だから普通におごるよ」と言ってくれた時は、涙が出るくらいありがたかったですね。

大学卒業後は正社員として就職し、安定した収入を得られるようになり、生活費に困る事はほとんどなくなりました。
むしろ、実家の両親に仕送りをする余裕すらできたのです。

今は結婚して2人の子どもに恵まれ、生活環境は大きく変わりました。
今年の春には上の子が小学校に上がるため、諸々の出費が多くなります。
それでも、夫婦共働きで頑張って稼いで、子どもたちには不自由な思いをさせないよう協力し合っています。
産休中は収入が1人分になったので、若干の苦労はありましたが、学生時代よりは安定して乗り切れました。

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